「素敵な忘れモノ」   作:おにんぎょう


ジャンル:セリフ朗読


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


うちのパパはよく忘れモノをする 

今日は頼んでおいたジャガイモを忘れモノ

「しまった すぐ買ってくる」と

慌てるパパを引き止めて

今夜のメニューをゴボウ巻に変更する

いつものこと いつものこと

パパが肉じゃがを忘れてくれたおかげで 

我が家は久しぶりのゴボウ巻

二人の大好物 

素敵な忘れモノをありがとう


うちのパパはよく忘れモノをする 

今日は絵の具一式を忘れモノ

「せっかく 京都へ絵を描きに来たのに」と

落ち込むパパを引き連れて

街を行ったり来たり 画材屋さんを探しモノ

素敵な店 素敵な店

パパが絵の具を忘れてくれたおかげで 

雰囲気のいい喫茶店を見つけた

振り子時計の心地よいリズム 

素敵な忘れモノをありがとう


うちのパパはよく忘れモノをする 

今日は娘の結婚式 なのにネクタイを忘れモノ

青ざめるパパに肩たたきをしながら娘は言う

「ネクタイがなくても素敵ね」と笑顔で言う 

パパは涙 周りは泣いたり笑ったり

よかったね よかったね

パパがネクタイを忘れてくれたおかげで 

あちらの御両親とも打ち解けることができた

涙と笑いが仲良く握手 

素敵な忘れモノをありがとう



うちのパパはよく忘れモノをする

今日は私を忘れモノ

「どちらさまですか?」の一言に 

私は頭が真っ白になった

その夜 部屋の片隅で

両のマブタから 心のシズクを落しモノ

年甲斐も無く 心のシズクを落しモノ


でもおかげで次の日には色々なものが吹っ切れた

よくよく考えてみたら

パパの忘れモノは今に始まったことじゃないものね


それから二人は夢中でお喋りをした

他愛もない想い出話を

何時間も 何時間も夢中で

パパはうんうんと頷きながら聞いてくれた


想い出はたくさんある

あふれ出る泉のようにたくさん

そのどれもがセピア色に包まれて

そのどれもが私にとっての宝モノで

いつの間にか私はあの頃の自分にタイムスリップしていた

高校2年の春 パパと出会ったあの頃の私に


それはまだスギ花粉が鼻をいじめる4月の午後

美術部のパパに手作りのお弁当を渡したのが始まりだった

緊張して手が震えていたのを覚えている

あの時私は確かに恋をしていた

だからお弁当を受け取ってもらえただけで幸せな気持ちになった

「ゴボウ巻、美味しいね」の一言だけで心は空も飛べた

パパが絵を描いている姿を見ているだけで……


初めてデートした日は帰り際まで手を繋げなかったっけ

お互いまだウブだったものね ウブだったものね

風邪で学校を休んだ日には 

私を励ますために 絵を描きにきてくれたっけ

確かあの時も筆を忘れモノして

指で描いたのよね 指で描いたのよね


プロポーズの時だって 

パパったら肝心の指輪を 忘れモノ

そんな忘れんぼうなパパだから 

とうとう私のことも忘れてしまったけれど



ありがとう ありがとう

おかげでもう一度パパと出会えることができた

初めまして 初めまして


二人の恋のやり直し 

素敵な忘れモノをありがとう



それから二度目のプロポーズをされたのは3年後の春

パパと一緒に絵を描いた夜だった

ゴボウ巻を二人で食べた夜だった

ありがとう ありがとう

また夫婦に戻る夜 

素敵な忘れモノをありがとう



いつしか涙は あの日の私に忘れモノ