cafe's WARAIKI 『天使』 作:九香  約20分


登場人物   

 洋平♂

 夏海♀

 マスター♀(男性でも可)

 

 


マスター   ここは、心の奥底に眠っている、

       大切な記憶を呼び覚ます場所。
       あなたは今も言えますか?  
       かつて語っていた、夢への言葉を。
       あなたは今も覚えていますか?  
       かつて感じていた、熱い友情を。
       『夢や希望』でいっぱいだった心が、
       いつしか『現実』で塗り替えられていく。
       忘れかけた心、忘れちゃいけない心。 
       大切だからこそ止めてしまった、記憶という名の時間。
       さぁ、本日、あたたかい記憶を呼び覚ますお客様は、

       どんなおかたかしら。


 

【カランコロン ドアの開く音】

 

マスター  『いらっしゃいませ。』

 

洋平    『ホットコーヒー、ひとつ』

 

マスター  『かしこまりました』
      『お待たせしました。今年もお越しになりましたね』

 

洋平    『覚えていらっしゃるんですか?』

 

マスター  『ええ。毎年、この時期にお見えになりますよね。』

 

洋平    『はい。』

 

マスター  『必ずここに座って。

       閉店までずっと外を眺めているんだもの。 
       ここからだと海岸しか見えないし景色は変わらないわ。

       飽きません?』

 

洋平    『ずっと変わらないですね。あの時のまま。』

 

マスター  『良かったら、話、聞かせてもらえるかしら?

       もちろん、コーヒーのおかわり付きで。』

 

洋平    『ありがとうございます。
       待っているんです。あの日から、ずっと』



洋平M   (当時、俺はこの近くに住んでいた。
       この先にある、中庭から砂浜に降りることが出来る

       小さな病院が、この町の目印になっている。

       この海岸沿いの道は、飼っていた犬の散歩コース。
       俺は毎朝、この砂浜を走っていた。そう、あの日も)

 

 

●回想シーン


洋平    『おい、コロ!待ってってば!!

       砂浜は足がとられて疲れるんだから~
       はぁ、ったく、元気一杯だな~。ふー。

       コロには勝てねぇなー』

 

洋平M   (俺は、いつものように大の字になって空を見上げた)

 

夏海    『元気で可愛いわんちゃんね』

 

洋平    『え?』

 

夏海    『こっちよ』

 

洋平M   (空から、声が聞こえた。そんな気がしたんだ。
       寝転がったまま、病院のほうへ目を向けると、

       中庭にとても綺麗な女の人が、微笑んでいた。)

 

洋平    『天使?』

 

洋平M   (天使がそこにいた。いや、俺にはそう見えた。そして)

 

夏海    『こんにちは』

 

洋平M   (俺の心は、一瞬にして奪われた)

 

夏海    『大丈夫?顔、真っ赤よ?』

 

洋平    『こ、これは!さっき走ってたから!あー、暑い暑い』

 

夏海    『(クスッ)そう。コロちゃん、いつも凄く元気だものね』

 

洋平    『え?コロを知ってるの?』

 

夏海    『ええ。毎日、この時間に散歩して、いつもこの窓の下で、

       おい!コロー!って』

 

洋平    『それは、こいつが言うことを聞かないから』

 

【ワンワン(犬の声)】

 

洋平    『って、おい!コロ!もう戻るのかよ!ったく。

       じゃーな!おねえさん』

 

洋平M   (俺は照れ隠しに全力でその場を走り去った。

       あの人、、、なんて名前なんだろう)

      (次の日、俺はいつもより早い時間に散歩に出かけた)

 


【ワンワン(犬の声)】

 

夏海    『おはよう。』

 

洋平    『おはよう』

 

夏海    『今日はいつもより早いわね』

 

洋平    『こいつが、早く散歩に連れてけってうるさいから、

       仕方なくだよ』

 

夏海    『そうなの?

       てっきり、私の話し相手に来てくれたんだと思ったわ』

 

洋平    『な、何で俺が! おねえさんの名前も知らないのに!』

 

夏海    『夏海』

 

洋平    『え?』

 

夏海    『夏の海と書いて、なつみ。ねぇ。君の名前は?』

 

洋平    『お、俺は、、洋平(ようへい)』

 

夏海    『コロちゃんと洋平君ね。ねぇ!お願いがあるの。

       散歩ついでに、私の話し相手になってくれない?』

 

洋平    『お、おぅ。まぁ、暇だから良いけど。』


夏海    『ありがとう。洋平君』

 

洋平    『でも、、ま、毎日は、無理だかんな!』

 


洋平M   (と言った俺だったが、

       次の日から毎朝、走って砂浜へ向かった。
       しかも今までより1時間も早く。)


 

洋平    『でさー、もう時間が無いっていうのに、

       自転車の鍵がみあたらないんだよー』

 

夏海    『それで』

 

洋平    『結局さー、散歩がてら歩いて行こうってコロを見たら、

       くわえてたんだよ、鍵を!』

 

夏海    『あはは。コロが!』

 

洋平    『そうなんだよ~』

 

夏海    『で、流星群には間に合ったの?』

 

洋平    『あぁ、最終電車に乗れなくてさ、間に合わなかった。
       家の前の道路に寝転がって見上げてみたんだけどさ、

       やっぱり街頭が明るくて、見えなかったんだ。』

 

夏海    『そっかぁ』

 

洋平    『でもさ、今年は観る。』

 

夏海    『楽しみね。』



洋平M   (たいくつだった俺の日常が、変わった。

       朝が来るのが待ち遠しい日々。)


 

洋平    『夏海さん。』

 

夏海    『ん?なあに?』

 

洋平    『中庭から降りてこないよな、いつも』

 

夏海    『うん。中庭から出ちゃいけないって

       お医者様に止められてるの』

 

洋平    『ふぅ~ん、そうなんだ』

 

夏海    『うん。私、朝の海、好き。
       コロと一緒に走りたいなぁ~。

       あ、もちろん洋平君も一緒にね』

(間)


洋平    『行こうか』

 

夏海    『え?』 

 

洋平    『波打ち際まで行こう!』

 

夏海    『でもっ』

 

洋平    『おんぶしてやる』

 

夏海    『おんぶ?』

 

洋平    『~~~~んっもう!じれってーなー。早く。』

 

(間)

 

夏海    『大丈夫?重くない?』

 

洋平    『だ、大丈夫だっ!』 

 

夏海    『(クスッ)洋平!!!ファイトーーー!』

 

洋平    『おぅっ!』

 

夏海    『波の近くまで行って!』

 

洋平    『わかった!しっかりつかまってろよ!』


【ザーザー波の音】


夏海    『はぁーー!気持ち良いーーー!
       海の色、エメラルドグリーン。 

       やっぱり、海、好き!!!』

 

洋平    『いいよなぁ、海』

 

夏海    『洋平君のことも好き!』

 

洋平    『え?』

 

夏海    『あはっ、顔、赤~い!』

 

洋平    『な、何言ってんだよ!』

 

夏海    『ありがとう。 洋平君』

 

 (夏海がふらつき倒れそうになる。)


洋平    『お、おい、大丈夫か?』

 

夏海    『うん。ちょっと疲れちゃったみたい』

 

洋平    『戻るぞ!ほら、おんぶ!』

 

夏海    『うん』

 

洋平    『病人、、だったんだよな』

 

夏海    『なによぉ~』

 

洋平    『俺が守ってやる』

 

洋平M   (返事の代わりなのか、

       俺にしがみつく夏海の腕の力が、強くなった。

       そして。)

 

夏海    『ありがとう、洋平』


 

洋平M   (俺を「ようへい」と呼んだあの瞬間から、

       彼女との距離が近くなったんだ。)


 


洋平M   (中庭の桜が散るあの日、俺は夏海という天使に出逢った。
       季節は秋から冬へと向かっていた。
       俺は誓った。流れる星空の下で、想いを伝えると。) 

 

洋平    『やっぱり、指輪だよなぁ。』


 

 


夏海    『ごほっごほっ』

 

洋平    『おはよう!』

 

夏海    『おはよう』

 

洋平    『寒いか?』      

 

夏海    『ううん、大丈夫よ』

 

洋平    『なぁ、夏海。流星群、一緒に見ないか?』

 

夏海    『ほんと?観たい!』


洋平    『寒いぞ?』

 

夏海    『うん!』

 

洋平    『夜だぞ!』

 

夏海    『うん!』

 

洋平    『大丈夫か?』

 

夏海    『大丈夫!』

 

洋平    『わかった、まかせとけ!じゃあ、これ、やるよ』

 

夏海    『なに、これ?素敵なショール。私の好きな色。』

 

洋平    『それ、羽織ればあったけーだろ!』

 

夏海    『嬉しい。ありがとう』


 


夏海    『今朝も洋平、来ないなぁ』

 

洋平M   (指輪を買うために、毎晩遅くまでバイトを続けた。

       疲れ果てて寝坊してしまったりして、

       逢えない日もあった。
       きっと夏海は海を眺めながら、

       ずっと待っているんだろう。)


 

 

洋平    『おはよう、夏海!』

 

夏海    『あ、おはよう!』

 

洋平    『お、おい、泣いてんのか?』

 

夏海    『泣いてない!あはっ、良かったぁ、洋平、生きてた!』

 

洋平    『おい!俺は死なねーぞ!』

 

夏海    『心配、したんだからぁ』

 

洋平    『ご、ごめんな。ここんとこ、寝坊しちゃっててさ。
       なぁ、いよいよ今夜だな』

 

夏海    『楽しみよ!』

 

洋平    『外出許可はとれたか?』

 

夏海    『大丈夫!』

 

洋平    『よぉし!じゃー今夜はこの先の海岸で見ような。
       寒いから喫茶店の中で待ってて。』

 

夏海    『うん。
       ねぇ洋平、来年も再来年も、ここで一緒に見よっか。』

 

洋平    『毎年?』

 

夏海    『約束!必ずここで!』

 

洋平    『おうっ!約束な!じゃあ、行ってくる』

 


洋平M   (想いを伝える日がやってきた。

       手紙も書いた。指輪も用意した。
       よし、準備万端!!
       の、はずだった。

       よりにもよって、まさかの渋滞で、

       バスが進まないなんて!!)

 


【ピーポーピーポー サイレンの音】


洋平    『救急車かぁー、事故でもあったのかなぁ。

       ったく、走って行くかな。』


 

【カランコロン 喫茶店の扉の開く音】

 

洋平    『はぁはぁ。遅くなってごめん!夏海!』

 

洋平M   (あれ?居ない。何処だ?

       もしかして、先に海岸行ったのかなぁ)

 

【ザーザー 波の音】

 

洋平    『なつみー!なつみーー! 

       居ないかぁ まだ病院かなぁ』

 

【ピーポーピーポー 遠くで救急車の音】

 

洋平    『救急車、、、まさか!』

 

洋平M   (俺は病院まで走った)

 

洋平    『夏海!  夏海ーーーーー!!!』

 

 


洋平M   (いくら探しても、夏海の姿は何処にもなかった。)

 


(間)

      (以来、あの中庭から夏海はいなくなった。
       そのあと、看護師さんに聞いて、わかったんだ。
       夏海は重い病にかかっていた。

       当然、外出許可なんてもらえるはずも無く。

       それでも俺と一緒に流星群をみたいと、

       無断で病院を抜け出し。
       そして、喫茶店まであと少しというところで倒れた。
       発見された夏海は危険な状態だったため、

       大きな病院に緊急搬送された。
       意識が朦朧とする中、夏海は俺の名前とごめんなさいを、

       何度も何度も繰り返しつぶやいていたんだと。)


 

●回想シーン終わり

 

 


マスター  『彼女はどうなったの?』

 

洋平    『わかりません。 
       あの日は個人情報がどうとかで、

       搬送先の病院を教えてくれませんでした。

       それで後日、看護師さんに無理言って教えてもらって。
       搬送された病院では結局治療が出来ず、

       海外の病院に転院になったと。
       当時の僕では、どうする事も出来ませんでした』

 

マスター  『そう』

 

洋平    『それでも、彼女を信じている自分が居て。 
       毎年この日、この場所で待っています。
       僕が毎年ここに居続ける限り、

       彼女との約束は続いているから。 
       あの日から、、ずっと。

       今年は流星群と重なってくれました。』

 

マスター  『今夜はたくさん見ることができるかしら。
       コーヒー、入れるわね』

 

洋平    『あ、ありがとうございます』

 

マスター  『そっかぁ。

       それで毎年、こうしてこの窓から海岸を見ていたのね。
       その夏海さんって、どんな感じのかた?』

 

洋平    『僕より年上で、優しい笑顔の。天使のような女性です』

 

マスター  『天使・・・。

       彼女にショールを渡したのよね?

       流星群を観に行くときの為に』

 

洋平    『ええ。』

 

マスター  『どんなショール?』

 

洋平    『体全体を包み込める、大きなショールで、、色は』

 

女マスター 『(被せるように)色はエメラルドグリーン』

 

洋平    『え?なんで知ってるんですか』

 

マスター  『はい。コーヒーお待たせ。
       ねぇ、彼女がもし来たら、

       その手に握り締めているモノを渡すの?』

 

洋平    『はい、もちろんです。あの時、渡せなかったから。
       それより、なぜショールの色がわかったんですか?』

 

マスター  『(クスッ)
       今日は綺麗に見えるかしら、流星群。外、どう?』

 

洋平    『あ、天気どうかなぁ。 雲ひとつな・・・い!!』

 

【ガタン! 椅子から立ち上がる】

【カランコロン 扉の開く音】


マスター 『あんなに焦らなくても。うふっ
      あら?大切なモノを忘れてる。 

      じゃあ二人で戻ってくるわね。

      さてと、、温かいコーヒーを入れておこうかしら。』


洋平    『夏海ーー!!!』




マスターM  ここは、心の奥底に眠っている、

       大切な記憶を呼び覚ます場所。
       あなたは今も言えますか?  

       かつて語っていた、夢への言葉を。
       あなたは今も覚えていますか?  
       かつて感じていた、熱い友情を。
       『夢や希望』でいっぱいだった心は、 
       いつしか『現実』で塗り替えられていく。
       忘れかけた心、忘れちゃいけない心。 
       大切だからこそ止めてしまった、記憶という名の時間。
       さぁ、次にあたたかい記憶を呼び覚ますお客様は、

       どなたかしら。


~FIN~